12・28-1・4山谷越年・越冬闘争報告

12・28―1・4
豪雨をはねかえし玉姫公園で越年・越冬闘争を貫徹

 

                                  東京・山谷日雇労働組合

 

越冬闘争準備の過程から連日、仲間らが奔走

 

 12月28日から1月4日までの8日間、東京・山谷日雇労働組合と山谷越年・越冬闘争実行委員会は、山谷・玉姫公園を実力占拠し、2012―2013年山谷越年・越冬闘争を闘いぬいた。
 12月27日には、越冬闘争の拠点となる玉姫公園に資材や物資が運び込まれ、一部のテントについては設営班の仲間が立て込みの準備を進めた。
 初日の12月28日、早朝6時から城北労働・福祉センター前に集合した越冬実の仲間たちが赤ハチマキをしめ、隊列を組んで「スーパー島田屋」前に移動して越冬闘争への合流を呼びかける情宣活動を開始。その後、山谷マンモス交番前でシュプレヒコールをあげ、朝市でにぎわう玉姫公園と今年最後の仕事紹介が行なわれる玉姫職安前で再び越冬闘争への合流を仲間に呼びかける。金町一家事務所に迫る金曜朝行動のワッショイデモの後、再び城北労働・福祉センター前に戻り、午前7時30分、「ワッショイ」の声を上げて城北労働・福祉センターから越冬闘争の会場となる玉姫公園に移動した。
 初日は曇り気味で太陽も顔を出さない寒い日となったが、朝の食事をすませると直ちに越冬闘争の準備のさまざまな作業を、分担しながら進めていく。金町一家、国家権力の越冬破壊を許さないため公園の入口には防衛班の仲間が任務につく。また手の空いている仲間はみんなでトラックに満載された道具や資材、食料、フトン、マキを公園内にリレーで運び入れる。設営班の仲間は前日の段取りに引き続いて大テントなどの寝床作りにとりかかる。炊事班の仲間は道具類の下洗いや点検を行ない、また炊事の作業台や食糧庫、道具置き場の組み立てに取り組む。公園内での準備の作業中にもトラックで物資を運んできた物資班の仲間が資材や食料・マキなどを次々と運び入れる。この日は設営準備の途中から雨も降ってきて雨対策も平行してすすめるために予定時間を30分ほど遅れたが、夕食の炊き出しを午後6時30分に開始した。降りだした雨のために初日の炊き出し数は少なくなったが、夕食がすんで一段落した午後7時30分からは越冬突入集会を開催した。「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」、福岡・築港日雇労働組合、沖縄・首里日雇労働組合から、連帯メッセージが紹介された。東京・山日労が越冬闘争の基調を読みあげる。「今日から突入した越年・越冬闘争で仲間の団結をうちかため、1月4日にはみんなで東京都と厚生労働省へのりこもう」。これを仲間たちの拍手で確認すると、団結ガンバローで越冬闘争をやりぬく意志を固めていった。
 突入集会の後は、娯楽映画の上映を行ない、初日の作業でがんばった仲間たちはくつろいだ夜を過ごした。
 午後9時、人パト班が山谷地区の夜回りに出発する。人パト班は12月28日から1月3日まで浅草地区、山谷地区を回り、ビラ・パン・オニギリ・果物・使い捨てカイロを野宿する仲間たちに配った。

「なぎさ寮」受付会場で玉姫越冬への合流を呼びかける

 

 12月29日午前8時30分、東京・山日労と越冬実は、東京都の山谷越年・越冬対策「なぎさ寮」入寮受付会場の台東リバーサイドスポーツセンターで、入寮希望の労働者に越冬実の「黙って野垂れ死ぬな」のビラを配った。「1月2日の『なぎさ寮』でのモチツキで再会しよう。4日には玉姫公園に戻ってきていっしょに都庁・厚生労働省追及―弾劾行動に起ち上がろう」と訴えた。東京都は事前には「9時30分受付開始」と告知していたが9時を回ると早々と受付を開始し、5分も過ぎると行列していた仲間たち全員が受付会場内に移動した。このために当日受付に遅れてリバーサイドに到着した仲間では「なぎさ寮」に宿泊できず断念した仲間も多数出ている。
 29日の夜の企画「労働運動の現場から」では、元国鉄労働者で、全国労働組合運動交流会の呼びかけ人である佐久間忠夫氏が「用事で顔を出せないが、みなさんの越冬闘争の成功を祈っている」と激励のメッセージを寄せた。また、ユニオン出版ネットワーク(出版ネッツ)に加盟する仲間が、労働相談から取り組んだ争議解決の報告などを行なった。この出版ネッツの仲間は、炊事などの作業も担った。多くの食材を提供した生協で働く労働者も連帯あいさつを行なった。連帯あいさつの後、アメリカ・ニューヨークでの「ウォール街を占拠せよ」のニュース映像が上映され、韓進重工業の籠城闘争を闘ったキム・ジンスク氏の闘いを描いたドキュメント「希望のバス」が上映された。
 30日は夕方から土砂降りの雨が再び襲う中、仲間たちの必死の努力で雨よけのシートかけ、雨対策で追われた。夜になっても雨はいっそう激しくテント小屋の屋根をたたきつける中、排水の作業でみんなずぶぬれになりながらがんばった。この日の夜の企画は急遽中止し、浸水してダメになった布団・毛布などの入れ替え作業などで就寝の準備を整えていった。

2013年新年総決起集会がかちとられる

 

 2012年の大晦日を迎えた玉姫公園では、31日の夜の企画で、「東京大衆歌謡楽団」がナツメロの歌と演奏を披露した。この演奏ではハモニカバンドで長年、山谷の労働者を楽しませてきたバンドリーダーの死を悼んで元バンドメンバーの仲間が「大衆歌謡楽団」とのジョイント演奏を披露した。生演奏を楽しんだ後、カラオケ好きの仲間がみんなに自慢ののどを披露した。そして、1月1日、午前11時からは、玉姫公園内で団結モチつきを開催した。「ヨイショ、ヨイショ」のかけ声を受けて、5ウス分のモチをつきあげた。夜は2013年の最初の総決起集会だ。午後7時、実行委本部が「2013年も『反戦・仕事よこせ』を闘うぞ! 1・4都庁行動、厚生労働省団交を闘い、1・13日雇い労働者全国総決起集会とデモを闘うぞ!」と呼びかけた。実行委員会に結集する東京都地域連合労働組合、神奈川県地域連合労働組合が新年の決意を明らかにした。そして、明治大学社会思想研究会の仲間からのアピールが紹介・代読された。実行委員会各班の元気な発言が続く。このあと集会参加者全員に酒やジュースが配られ、乾杯して越冬闘争後半にむけた決意をうち固めていった。集会の後半は「原発労働」の問題を告発したビデオドキュメントを上映していった。
 1月2日には、「なぎさ寮」に入寮している山谷の仲間との交流を深めるための団結モチつきにでかけていった。午前10時、庭に出てきた山谷の仲間が元気よく杵を手にしてモチをつき始める。3ウス分のモチがつきあげられ、また少しだけだが酒も振舞われた。1月4日には玉姫公園に合流し、ともに都庁と厚生労働省への行動に起ち上がることを確認していった。1月2日の夜の企画では「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」の上映を行なった。今年の越冬闘争には山谷にはじめてきた仲間も多い。金町一家との熾烈な攻防を通して前進してきた山谷労働者の闘いの歴史を学び、そして「1・13佐藤さん虐殺28ヵ年 山岡さん虐殺27ヵ年弾劾! 金町一家解体! 日雇い労働者全国総決起集会」への決意をうち固めていった。

総括集会で東京都庁・厚生労働省弾劾―追及の決意をうちかためる

 

 1月3日の午前中には、年末・年始を東京拘置所ですごす獄中の仲間への激励行動が取り組まれた。この行動には、獄中経験のある山谷の仲間が中心になり、マイクを握って獄中者への励ましを行なっていった。
 午後7時からは山谷越年・越冬闘争をしめくくる総括集会がかちとられた。東京・山日労は「設営を含めみんなが苦労を分かち合い越冬闘争が実現した。仲間の命は仲間の団結で守りぬく。うち鍛えられた団結を武器にして明日の行動、そして1・13日雇い労働者全国総決起集会を闘いぬいていこう」と提起した。実行委を担った炊事班・設営班・防衛班・人パト班が発言し、最後に「団結ガンバロー」で総括集会をしめくくった。その後、「反戦闘争」をテーマに沖縄・名護市辺野古や東村・高江のヘリパッド建設阻止闘争の記録ビデオなどを上映。また、昨年9月~10月沖縄現地に駆けつけて普天間基地封鎖の闘いを担った仲間がスライドショーを背景にその闘争報告を行なった。

 

東京都と厚生労働省に対する追及―弾劾行動に決起

 

 仕事始めとなる1月4日、赤ハチマキをしめ組合旗とムシロ旗を掲げた東京・山日労と越冬実が都庁にむけて「ワッショイ! ワッショイ!」のかけ声を響かせながら力強く玉姫公園から進撃する。都庁前では福祉保健局生活部副参事山谷対策担当の木原ら、山谷対策係の役人どもが制服警官、ガードマンに守られながら待ち構えている。
 東京・山日労と越冬実は都に対して、3点について抗議文を突きつけた。①東京都は失業に苦しむ全ての日雇い労働者が利用できるよう城北労働・福祉センターを指導しろ。②東京都は「特別就労対策事業」「緊急雇用対策」の仕事を増やせ。③東京都は、公園や河川敷などから野宿労働者の追い出しをやめろ。木原に「見解を明らかにしろ」と仲間たちが追及すると、木原は「みなさんの要望は承りました。産業労働局にも伝えます」とだけしか答えようとしない。30分にわたる追及と弾劾の闘いを都庁前で展開した後、仲間たちは厚生労働省との団交に向かった。10時45分に厚生労働省正門に陣取った東京・山日労と越冬実は用意した「黙って野垂れ死ぬな」のビラをまき始める。11時になると全員が厚生労働省との団交に臨んだ。団交のテーマとなったのは以下の4点だ。①国の責任で、失業者に仕事を。②「労働者派遣法改悪」をやめ、「労働者派遣法」を撤廃しろ。③建設業ではびこる社会保険未加入問題を解決しろ。④無料低額宿泊所などへの収容政策を改め居宅保護の原則を。厚生労働省の役人どもは「地域雇用対策」で実施している政策の上面を説明するだけで「日雇い労働者も利用できる」との説明に終始するばかりで日雇い労働者の実情や特性に応じた雇用対策の必要性について仲間たちが何度も追及しても、まともな回答も用意していないのだ。11時間半にわたる交渉を闘いぬいた仲間たちは、再び正門前に整列してシュプレヒコールをあげ、厚生労働省に対する追及―弾劾行動を終えていった。
 2013年は戦争とファシズムへの突撃がいっそう加速しようとしている。越年・越冬闘争で鍛えた日雇い・労働者、野宿労働者、また「非正規雇用」労働者どうしの団結を打ち鍛え、「反戦・仕事よこせ」の闘いの爆発をかちとっていこう。