12・27「越年・越冬闘争へむけた上映集会」、12・28―1・4「夜回り・人民パトロール」を闘いぬく(大阪・釜ヶ崎)

    越年・越冬闘争にむけ、決意を固めた西成市民館での集会
    越年・越冬闘争にむけ、決意を固めた西成市民館での集会

12・27「越年・越冬闘争へむけた上映集会」、12・28―1・4「夜回り・人民パトロール」を闘いぬく


 反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会


 「反戦・反失業を闘う釜ヶ崎労働者の会」は、12月27日に西成市民館で「越年・越冬闘争へむけた上映集会」を開催した。そして、2014―2015五年越年・越冬闘争が、12月28日から1月4日まで「夜回り・人民パトロール」として闘いぬかれた。

 12月27日の「越年・越冬闘争へむけた上映集会」には、多くの日雇い・野宿労働者が結集した。

 一本目の上映作品は、山谷の労働者が天皇主義右翼ファシスト・国粋会金町一家と体を張って闘う攻防などを描いた映画=「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」だ。「筑豊やまの会」から「生活保護の受給者シーンを隠し撮りしているのは差別だ!」という糾弾に対して、山谷争議団内部で丁寧な議論がおこなわれた。しかし、「山岡強一の遺作だから(差別部分の)カットも撮りなおしもしない」とする部分は、山谷争議団(日雇全協)に残った(いまでも上映委員会はこの差別映画を上映しつづけている)。俺たちの仲間は東京・山谷日雇労働組合(全国寄せ場交流会)をたちあげた。差別映画であった「山谷(やま)―やられたらやりかえせ」を福日労(いまの福岡・築港日雇労働組合)と東京・山日労の責任であらたに作り直した。差別を許さぬ闘いをしていくためには当然のことであったと、映画の説明がされる。山谷の日雇労働者が、ポリ公の弾圧をものともせず、右翼との体を張った激しい闘いを繰り返す。参加者は、熱心に見入っていた。 続いて、娯楽映画が上映され会場では大爆笑が何度もおこった。

 冬は、資本から見て利用価値の無くなった労働者を路上で殺していく時期である。そんなことを絶対に許してはならない。年末・年始の釜ヶ崎周辺での「夜回り・人民パトロール」への結集―なかまの命を守る行動への参加が最後に呼びかけられた。越年・越冬闘争の勝利へむけて「一人の野垂れ死にも許すな!」「生きてやつらにやり返そう!」「野宿のなかまへの襲撃を絶対に許さんぞ!」「橋下の『西成特区構想』粉砕!」「ポリ公、ヤー公の妨害・敵対粉砕!」「襲撃を断じて許さんぞ!」「仲間の命を守りぬくぞ!」「団結してガンバロー!」とシュプレヒコールをあげ、熱気の中で集会は終了していった。

 釜ヶ崎では、ドヤ(簡易宿泊所)にも住めずアオカン(野宿)せざるをえない厳しい失業状況が続いている。こうした中、大阪市は越年対策事業として今まで南港臨時宿泊所を設置していたが、利用者数の減少と財政難の理由で今回から廃止となり、代わりの臨時宿泊所としてシェルター、三徳寮、自彊館、港晴寮(港区)の4ヵ所となった。そして、この厳しい失業状況の中、大阪市はまたしても入所資格を制限してきた。「あいりん地域に居住する、40歳以上の単身日雇労働者」という入所制限を行なっているのだ。入所受付(入所面接相談)についても、2010年は12月29日と30日の2回だったのが、2011年から事前登録が必要となり、入所受付は12月29日の一回のみとなった。今回の入所者数は、421人となっている。

 12月28日から、「夜回り・人民パトロール」が開始された。「人パト」隊は、ビラ、カイロ、おにぎり、タオル、風邪薬などを持って回っていく。まずセンターの周辺で野宿している労働者のもとを回る。ダンボールや布団を用意して野宿している労働者もいれば、何の用意もなく体ひとつで寝ている労働者もいる。カイロやおにぎりを渡すと「ありがとう」という声が返ってくる。センターを一周しただけで、80人ちかくが寒空の中寝ている。

 続いて「人パト」隊は、南海電車のガード下、萩ノ茶屋商店街、新開筋商店街、山王商店街のアーケードなど釜ヶ崎周辺を回る。釜ヶ崎では、近年、多くの日雇い・野宿労働者が生活保護を受給するようになった。しかし、「人パト」を通してわかったことは、前回よりも多少は少なくなったとはいえ、多くの労働者が釜ヶ崎周辺で野宿を強いられているという事実だ。大阪市の越年対策事業がいかに杜撰なものであるのかがわかる。この野宿労働者の数は、釜ヶ崎周辺だけのものであり氷山の一角にすぎない。大阪そして全国では、さらに膨大な労働者が正月などとはまったく関係なしに寒風吹き荒れる中、死と隣りあわせで野宿を強制されているのだ。

 「人パト」では、「アブレ地獄―野垂れ死に攻撃を粉砕しよう!」「一人の野垂れ死にも許さず、生きてやつらにやり返そう!」「野宿のなかまへの襲撃を絶対に許さず、なかまの命を守りぬこう!」「橋下による日雇い・野宿労働者追い出し、日雇い・寄せ場労働運動解体攻撃の『西成特区構想』を粉砕しよう!」などのスローガンののったビラを配布し、闘いへの結集を呼びかけた。

 8日間にわたって「一人の野垂れ死にも許さない」越年・越冬闘争の「夜回り・人民パトロール」を貫徹した。越年・越冬闘争で培った団結をさらに強化し、「反戦・仕事よこせ」の闘いを闘いぬいていく。